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東京高等裁判所 昭和41年(う)570号 判決

控訴人・被告人 荒木武雄 弁護人 松浦松次郎

検察官 武安将光

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は弁護人松浦松次郎作成名義の控訴趣意書に記載されたとおりであるから、ここにこれを引用し、これに対し当裁判所は次のとおり判断する。

二、控訴趣意(五)(訴訟手続の法令違反の主張)について。

論旨は、検証調書は刑事訴訟法第三二一条第二項後段(同規則第四一条)により作成せられ、公判において証拠書類として取調べられたもののみが証拠力を有するものである。然るに原審裁判官は、第五回公判(昭和四〇年一一月一六日)において、原審裁判所が昭和四〇年七月二〇日実施した検証調書中の検証の結果に、「衝突地点付近から西方に彎曲してあるタイヤ痕とバスが停車した付近のスリップ痕は、前者を延長しても後者と連続するような関係にはない(同調書添付見取図参照)。このように同見取図記載のタイヤ痕(A) (A′)とスリップ痕(B) (B′)の両者の延長線が符合しないのは、衝突した衝撃によりバスの車体が横すべりして進行した為であると推測される(昭和四〇年五月四日付司法警察員巡査部長田中勝作成の実況見分調書添付写真第一二、第一三葉における横にスリップしたタイヤ痕跡に注意)。」を追加すると述べ、右部分をも検証調書の一部として判断の資料に供している。しかし、右追加文言は原審裁判官の検証の結果とは全然異なり、検証調書に対する一片の意見に過ぎず、それをもつて直ちに証拠とすることは許されない。かかる証拠能力のない記載を証拠とした原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな訴訟手続の法令違反があるというのである。

按ずるに、原審第五回公判調書の記載によれば、原審裁判官が同公判において、昭和四〇年七月二〇日実施した検証の結果を記載した検証調書に検証の結果として、所論の如き文言を追加する旨を述べたことが明らかである。しかし、凡そ検証の結果を調書に作成し、検証調書として公判廷においてこれが取調べをなした後、後日の公判においてその記載内容に文言を付加し、またはこれを訂正するというが如きことは、検証調書の性格にかんがみ許されないものと解するのが相当である。従つて右第五回公判において原審裁判官が右検証調書に検証の結果として付加するとして述べた事項は、検証調書の記載としては何ら効力を生じていないものというべきである。然るところ、原判決は原審の検証調書四通を証拠として掲げており前述のような原判決の説示に徴すれば、原審は右付加部分も検証調書の一部をなすものとし、この部分をも証拠として採用していることが窺われ、この点において原判決には証拠能力のないものを証拠とした違法の存することはまことに明らかであるが(しかし、右のように検証の結果に右の如き文言を付加するとしたことによつて、前示検証調書全体を不法ならしめるものではないことも明白である。)、右部分を除く爾余の証拠によつて、原判示事実を肯認するに十分であることは前述のとおりであるから、右の違法は判決に影響を及ぼさないものというべきである。されば論旨は理由がない。

(裁判長判事 松本勝夫 判事 海部安昌 判事 深谷真也)

弁護人松浦松次郎の控訴趣意第五点

元来検証調書は法第三二一条二項後段(則第四一条)により作成せられ、公判に於て証拠書類として取調べられたもののみが証拠力を有するものであり、昭和四〇年一一月一六日第五回公判調書に記載されてある裁判官の検証の結果に対する新たな追加文言は、裁判官の検証の結果とは全然異なり、検証調書に対する一片の意見に過ぎないものであり、之を以て直ちに証拠とすることは到底出来ないものであると信ずる。

然るにかかる証拠力のない記載を以て判断の資料に供せられた原裁判は違法のものである。

(その余の控訴趣意は省略する。)

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